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アンソニーは黒羽刑務所で教育訓練工場を経由して、図書係の所属となった。毎日が退屈せず、仕事はつぎからつぎへとあって、それも単一な仕事ではなく、その内容は多岐にわたる。たまには普通の受刑者なら行かないようなところにいったりして、結構楽しかった。どちらかというと、もう少し仕事をこなしたくて、「なんで、刑務所(図書係)は残業ができないんだろう」と思ったことが何回もある。意外に図書係の仕事ができる時間は多くない。午前中は掃除、昼はしっかり昼食と休憩がとられる。運動の時間や入浴の時間もとられる。土曜日と日曜日はしっかり休業である。
そんなボクを襲った悲劇は、以前の記事にも書いたが、視力の急激な低下である。で、最終的に図書係の仕事の継続が不可能となった。ボクは図書係を離脱して、病舎での療養扱いとなった。この状態を「入病する」という。
病舎は本部棟のすぐ左手にある建物である。病舎についても以前の記事に書いたが、今回は病舎の中でも「入院エリア」についてのお話。
ボクの場合、診察を受けたその場で、入病となったため、自分のその日の朝までいた寮舎(部屋)の荷物もそのままに、身1つで病棟の所属となった。で、また、独居かなぁ?と思っていたら、いきなり雑居室にいれられた。超どびっくり。いまさら、雑居ですか?
病棟の入院エリアも基本的に通常の寮舎と同じ構造をしている。ただし、テレビや囲碁・将棋類のゲームは置かれていない。ラジオ生活である。また、黒羽刑務所の場合、入病したからといって、一般の病院のような白いパイプのベッドに寝かされるわけではない。畳の上に、普通のせんべい布団である。基本的に重篤な病気でない限り、カラダを横にしたまま、朝夕の点検を受けることはできないし、食事もそういうわけにはいかない。ただし、カラダを横にすることに関して、優遇されている。たとえば、布団を正式な方法でたたむ必要がない。一度しいたものは2つ折りになるように暫定的にころがしておいてもよい。さらに安静時間というのがあって、その時間は逆に強制的に横になっていなくてはならない。普段の生活を考えると、基本的に寝てばかりの生活となる。
午前中に毎日医務回診が来る。工場に来るのと同じように、医療用具が入ったスチール製の台車をひいた准看護師刑務官が居室をまわる。大抵、たいした体調の変化があるわけでもないのに、水虫のクスリとか、インキンのクスリとかをよこせという。ず〜〜っと居室だから、変化がないのだ。だから、なにかこうしたイベントがあるだけでも、うれしいのだろう。
基本的に刑務所というところは詐病の非常に多いところである。シャバならたいしたことない場合でも、ことさらに騒ぎ立てる。本当に調子の悪い人だけ、医務にかかれば、人権団体がぎゃーぎゃー騒ぎ立てるような医療の薄さにはならないと思う。それくらい詐病がおおい。それに輪をかけるのがこの病棟の人たちである。朝の医務回診には95%の確率でなにかしらの不調を訴える。眠たいときにだけ、「おれは今日は眠たいし、めんどくさいから、さわぐのやめるわ。」という。びっくりする。
ボクのはいった病舎の舎房の人たちはおかしい。ものすごく、ものすごく元気である。あさの点検をする前の掃除はすごく元気にやる。雑巾をがっちりしぼって、すごいスピードでカラダをフルに動かして畳を拭く。すごく寒い冬でも、空気がわるいといって、窓を全開にしないといられない。口論するくらい元気だし、軽い介護を必要とするひとの介護ができるくらいである。彼がなぜ病棟を出られないのかわからない。
A氏は70歳くらいのジジイ。タヌキのような風貌。第2工場に出役したことがあるんだと、周りに自慢する人。他人の面倒を自分から進んでするが、それは他人からの見返りを期待しているからで、ちょっと気に喰わないことがあると「おれは、こんなにおまえのためにやってやってるのに何をいうか!」と怒る。部屋の中ではものすごく元気で喜々として動き回る。医者からは工場への出役が認められているが、工場がいっぱい?などの理由で出役待機でこの部屋にいる。出役していないので、3級までしか上がることができず、2級者集会のときは「お菓子のお土産たのみます、たのみます、たのみます」と必死にお願いして、ホントに2級者にもってこさせてしまう。こいつは絶対、寮内工場に行ったほうがいい。寮内工場ではたらいているヤツのほうが絶対弱い。
B氏も70歳くらいのジジイ。彼は教育訓練工場で高血圧等の理由で倒れ、入病することになった。教訓でたおれているから、一般工場での出役経験がなく、これがA氏にからかわれる理由。「一般工場は検身とか、運動とかたいへんなんだ。Bさんは教訓からいきなりここだから刑務所のつらさをしらない」なんていわれる。しかし、一般工場に出役したからといって、何もえらいことはない。
C氏は30歳くらい。炊場で働かされすぎて、脱水症状を起こし、そのまま倒れこんでしまったらしい。炊場は肉体労働で、入病したりするとなかなか工場に戻りづらいらしい。脱水症状から回復する2〜3日と、体力が回復する2〜3日がすぎたらしく、彼も元気である。エロ本を取寄せている。気づかないうちになにかやってるんだろう。
D氏は心臓が弱い。心臓の軽い発作がでると、刑務官からよくニトログリセリンをもらっていた。基本的に寡黙で、知能が低そう。自分の身の回りの最低ラインのことができて、周りのことは一切目に入っていない。きちんと必要なときにニトロを服用すれば、一般工場ではたらくこともできるが、「おまえ、そろそろ工場にでるか?」と准看護師にいわれ、「い、いえ、出たくありません」と答えてしまう人。
E氏はこの病棟内にある、養護工場の部屋からやってきた人で、75歳くらい。自分は弁護士だと主張するが、おそらく違う。もはや認知症様の病態を示しており、頻繁に失禁する。布団でおねしょをするので、敷布団などには常にビニールのシートがかけられている。おむつを着用しており、他者の介護を必要とする。ご飯はおかずも、汁物もすべて同じ器にいれて、箸でかき混ぜて食べる。「おれは、なにもしてない」と脱糞しているのにもかかわらず、まわりの言うことを聞かず腹を立てることがよくあり、「こんな自分に腹立たしい」と、意識がもどったのか、自分がどうにもならないことに気づき、涙することもある。
正直、この部屋であえて、病気と呼ぶとしたら、E氏だけである。それも「ボケ」である。
そんなボクだって、視神経炎で光とものの形がぼんやり見えるだけで、カラダそのものは元気である。ただ、共同生活をおくることは相当むずかしかった。1つは目の病気は周りに理解してもらいづらい。詐病だとおもわれるのである。掃除をするにしたって、ホコリが見えないわけだから、「アンソニー、本当にみえてないの?みえないわけないだろ、70歳のおれでも見えるんだから」といわれる。しっかり動けない自分がかなり苦しいし、まわりからの文句も非常に多くなる。あきらかに見えないのだが、目の病気を人にわかってもらうのは本当にむずかしい。
E氏のことでも随分こまった。つねにオムツをしており、病棟の看病夫と担当刑務官の先生と連携して、おむつを履き替えさせたりする。おねしょしているかしていないかの確認を周りの受刑者がしておかないと、あとでとんでもない匂いがして、全員自滅するのである。もし、脱糞すると、いちばんかわいそうなのは、看病夫である。彼は担当刑務官に該当する受刑者を出してもらい、別のところで彼のカラダを洗い流してあげないといけない。吐瀉物の処理もするし、おむつの処理もする。それを日に何回もするのである。E氏本人が「もらしてしまいました」ということができないので、E氏が失禁してしまったかどうかは周りの人が臭いを感じるまで気づかない。さらに、病舎は一日中布団を敷いて、横になっていることが多いので、特に気づきづらい。布団そのものを交換しなくてはならないときがある。
病棟でも2級者集会、2・3級者集会があった。ここで、「集会」について書こう。3級(黄色バッジ)、または2級(青いバッジ)に上がると、2級者は月に1回、3級者は2ヶ月に1回、お菓子を食べることができ、普段のテレビ放送以外にも映画を見ることができる。要するに、「集会」というのは、「映画をみながら、お菓子を食べること」なのである。黒羽刑務所では独居にいるひとには、お菓子が舎房に直接入って、室内にあるテレビで映画が流されて、それをみながら1人でお菓子を食べる仕組みになっており、事実上の「1人集会」になる。雑居に入った場合は、雑居のメンバーには4〜2級のそれぞれがいるので、その集会に該当する人だけが、舎房をでて、別の集会室で映画を見ながら、お菓子を食べることになる。アンソニーはず〜っと独居だったので、雑居室の集会がどの様になっているのかは把握できていない。病舎の場合は、集会に該当するひとが、配膳室という小さな部屋にはいってお菓子を食べることになる。
ここからがポイントである。病人だからといって、刑務官が気をぬいて他の業務をしていると、お菓子を服のなかに隠して、部屋の中にもっていこうとするのである。そのスリルが楽しいということでやっている人がいる。また、お菓子を他人に分けてやりたいという変な優しさをもってやっている人がいる。さらには、いっぺんにお菓子を食べきれないからという理由で部屋へ持って帰りたがるひとがいる。実際、もって帰ってしまうのである。部屋に入る前に検身をするのだが、病人という理由で甘くなっている部分がある。甘くなっているというのはすぐに病人とはいえ、懲役であるからすぐわかる。っていうか、ボクでもわかるのだから仕方がない。
さらに、お菓子を喫食している間に、他人のお菓子と交換したり、食べられない人のお菓子をもらったりする。基本的に刑務所のルールは破るためにあると思っている人が多いことにビックリする。刑務官が厳しくなって、時には人権的ではない行為に及んでしまうのは、刑務所の体質がどうこうという前に、受刑者の態度・行動にその核があるとおもっている。お菓子ですらこんな様子なら、他の問題・違反行為も平然とおこなわれているのはたやすく想像できる。
さて、雑居室ですごしている間にもボクの視力はどんどん低下していた。ボクは雑居室で生活することですら困難になってきた。物の形が認識できないので、手探りをしなくてはいけなくなってきたのである。そうすると、掃除も上手にできないし、普通の人が食べる食事のスピードでご飯を食べられなくなったのである。担当の刑務官に病棟内の独居室に移動させてほしいとお願いをした。しばらくしてアンソニーは独居室へ転房することになった。
独居室ではなにもできない、横になっているだけでまるで懲罰を受けているような雰囲気になった。1日に1回、准看護師の刑務官が「調子はどうだ?」とくるだけになった。
ちなみに、病舎には入浴場もある。単独入浴場の広さで2人づつ入る。2部屋ある。運動は基本的にない。ボクは八王子医療刑務所へ移送になるまで、ず〜〜っとひとりぽっちでこの病舎でこもっていた。
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